2008年06月26日
医師がキャリアを築くということ (9)

まず、くろやまちゅうまさんが例として提示されたような、世界から招聘されるような高い専門性を持った医師、医療で全国展開する徳洲会のような医療法人の設立を目標とする医師、医療後進国での専門的治療の浸透に努める医師や、米国で医師資格を取って臨床教授になった日本人医師は実際に存在するわけで、そうした人たちならば、目的合理的キャリア形成的なものにせよ、プランド・ハップンスタンス・セオリー(後述)的なものにせよ、自分のキャリア構築に関して何がしかを語ることができるでしょう。
しかし彼らが、日本の専門医制度や認定医制度、そして学位を高く評価するでしょうか?
彼らのようになるために、日本の専門医の資格や認定医や学位を取得する必要があるでしょうか?
恐らく彼らの中には日本の専門医や認定医の資格、学位を有している人もいるでしょうが、それは果たして彼らのキャリア構築に必須のコンポーネントだったのでしょうか。
ぼくはそれに関しては大いに懐疑的です。
さらに愚論を続けさせていただくならば、臨床研修システムの改変に伴って「研修医が大学を選択せずに、都会の総合病院を選ぶ時代」だからといって、「医師の職も流動性が出てきたと捉える」のは、僕はまだ時期尚早だと考えています。
現在起こっているのは大学の医局人事が及ぶ範囲からの一方的な人材の「流出」です。
双方向的な人材の交流――例えば、卒業後一貫して外部の病院でひたすらに腕を磨き、世界的な名声を得るまでに至った医師が、大学病院の臨床教授として迎い入れられるといったような――が一般的になって初めて、医師という職業に、少なくとも医学界の中での流動性が生じたと見做すべきではないでしょうか。
くろやまちゅうまさんのそもそものご質問は「医師が医師のまま、大学医局ではキャリアは築けないのだろうか?」という趣旨のものだったと記憶しています。
なので大学病院、医局に話を戻しますが、「大学に残って教授になりたい」と切望するのが、日本人医師としての、古典的かつ類型的なキャリア志向だった時代があったわけです。
そこに変化が生じているのは確かなようです。。
くろやまちゅうまさんがご指摘されている医局離れや、tarakogohanさんが表出された、一部の医師が大学でのリサーチに覚える違和感はその端的な側面と言えるでしょう。
→医師がキャリアを築くということ (10)
→「医師の転職.net」トップページへ
現在起こっているのは大学の医局人事が及ぶ範囲からの一方的な人材の「流出」です。
双方向的な人材の交流――例えば、卒業後一貫して外部の病院でひたすらに腕を磨き、世界的な名声を得るまでに至った医師が、大学病院の臨床教授として迎い入れられるといったような――が一般的になって初めて、医師という職業に、少なくとも医学界の中での流動性が生じたと見做すべきではないでしょうか。
くろやまちゅうまさんのそもそものご質問は「医師が医師のまま、大学医局ではキャリアは築けないのだろうか?」という趣旨のものだったと記憶しています。
なので大学病院、医局に話を戻しますが、「大学に残って教授になりたい」と切望するのが、日本人医師としての、古典的かつ類型的なキャリア志向だった時代があったわけです。
そこに変化が生じているのは確かなようです。。
くろやまちゅうまさんがご指摘されている医局離れや、tarakogohanさんが表出された、一部の医師が大学でのリサーチに覚える違和感はその端的な側面と言えるでしょう。
→医師がキャリアを築くということ (10)
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